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奈良
奈良県(ならけん)は日本の都道府県の一つで本州の中西部、関西地方(または近畿地方)に位置する県。海洋国家である日本において、海に面してない数少ない県である。古代から長岡京遷都までは概ね、県内各地に都や宮が置かれていた。現在では県北西部を中心に住宅開発が進んだ結果、大阪のベットタウンとして多くの県民が大阪府へ通勤や通学をしている。
紀伊半島中央の内陸に位置し、北西部に奈良盆地、それ以外は大台ケ原や近畿最高峰の八剣山(八経ヶ岳)といった山地が広がる。
大阪府、京都府、和歌山県、三重県と隣接する。
日本の中でも温暖な地域に属し、雪が降ることはあまりないが、北部盆地部と南東山間部に大別され、いずれも冬の寒さは厳しい。夏の盆地部の蒸し暑さは日本有数の不快さである。
現在では観光産業がにぎわいを見せる。
イチゴやスイカの有数の産地でもある。
和書・書道に欠かせない墨(奈良市奈良町)や筆、茶道に欠かせない茶筅(生駒市高山)、等の産地。
山形県と並ぶ金魚の名産地。(大和郡山市)
素麺(桜井市)の4大産地である。また、手延べ素麺(三輪素麺)の3大産地の一つでもある。
世界の遺跡発掘技術の一端は、この地域に籍を置く技術者たちにより磨かれている
歴史
旧国名は「大和国」(やまとのくに, Yamato-no-kuni )。
紀元3世紀から4世紀頃に、この地方の豪族が力を強めて周辺地域に覇を唱えた。
その後長い年月と代替わりを経て、他地域との交流・攻防や大陸との交流の末、現在の日本地域の大半を支配する大勢力となった。
これが大和王権と呼ばれる。
大和王権は現在の天皇家の祖であるとされる。
また、邪馬台国と同一視する説、九州地方にあった邪馬台国の子孫が移住して新たに建国した国であるという説、などもある。
以来8世紀末まで、この地域に天皇家の朝廷の都があった。
8世紀の都を特に「平城京」といい、今の奈良市にあったとされる。
大和朝廷時代以来の神道信仰の伝統、及び6世紀の仏教伝来以来の国策により、この地域には神社仏閣が多数存在する。
遷都後もそれらはこの地域に残り、その後地域の耕作者を支配下において大きな勢力となった。
中近世の歴史的事件の中では大した舞台としては登場しない。
ただし温暖で肥沃な盆地を抱える地域であるため、この地域の豪族はいずれも大きな力を持った。
一方で南部の険峻な山地には、その地の利を活かして反中央勢力(中でも反主流派の皇族)が居を定め、中央政府(京都の朝廷、及び幕府)とにらみ合う時代が長く続いた。
戦国時代には多くの豪族が割拠し、赤沢朝経や木沢長政・松永久秀といった他国勢力の台頭をしばしば許した。16世紀末に筒井党の筒井順慶が織田信長の力を背景に抗争を概ね制する。続く豊臣秀吉の時代、順慶亡き後筒井氏は伊賀国に転出し、代わって郡山(現在の大和郡山市)の城に大納言豊臣秀長が拠を構え、地域の再編と産業奨励に乗り出した。
明治時代、版籍奉還、廃藩置県により、奈良府とされたり、堺県に合併(後に堺県は大阪府に合併されて奈良地域もその一部となる)されるなどしたが、
現在の奈良県は1887年に大阪府より分割され再設置された。
江戸時代以来の階層差別からの解放を目指す解放運動の中心として「水平社」が設立されたのはこの地域内である。 |
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